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名古屋地方裁判所 昭和29年(行)17号 判決 1957年4月11日

原告 前田組合資会社

被告 名古屋国税局長

訴訟代理人 宇佐美初男 外三名

主文

原告の第一の請求を棄部する。

同第二の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする、

事実

原告訴訟代理人は「第一、被告が昭和二十九年四月十六日付なした原告会杜にかかる昭和二十二年度及び同二十三年度法人所得額審査請求を各棄却した決定を取消す。第二、岡崎税務署長が昭和二十四年十月二十二日付原告会杜に対してなした昭和二十二年度法人所得額更正決定中法人普通所得額十八万六百八十円を金八万五千三百六十五円に、超過所得額十五万二千二百九円を一万五千三百六十円に各変更し、かつ昭和二十三年度法人所得額確定決定(法人普通所得額四十一万七千六百八十三円、超過所得額三十二万六千六百三円)を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求原因として、

(一)  原告は昭和二十二年一月一日以降同年十二月末日までの事業年度における法人税額確定申告書を同二十三年二月二十日付を以て訴外岡崎税務署長あて提出したが、同署長は同二十四年十月二十二日右に対し原告会社普通所得額を金十八万六百八十円、超過所得額を金十五万二千二百九円とする旨更正決定をなしたが原告は右決定のあつたことを同二十八年四月九日に至りこれを知つた。

(二)  又同署長は原告会社の昭和二十三年一月一日以降同年十二月末までの事業年度における法人所得額について同二十四年十月二十四日普通所得額四十一万七千六百八十三円、超過所得額三十二万六千六百三円と決定したが、原告は右決定のあつたことを同二十八年三月二日に至りこれを知つた。

(三)  そこで原告会社は(一)の更正決定については、昭和二十八年四月十七日、(二)の確定決定については同年四月二日それぞれ岡崎,税務署長に対し再調査の請求をなしたところ、同署長は同年六月二十四日付これが各請求を却下し、その旨原告に対し同年六月二十六日通知したので、原告は右却下の処分に対しそれぞれ同年七月二十五日被告に対しこれが審査の請求をなしたところ、被告は原告の右請求は本件更正決定通知書発送のあつた日より三年四月を経過した後に決定の事実を知つたということに帰し根拠薄弱であるとの理由でともにこれを棄却しその旨その頃原告に通知した。

(四)  然しながら訴外岡崎税務署長は昭和二十六年五月頃原告会社及びこれが代表者たる訴外山田政春に対する法人税額源泉所得税額合計金百二万三千六百八十八円の滞納処分ありとし、右山田政春所有の土地山林に対し差押処分をなし同人はその旨の差押調書の手交をうけて始めて原告会社が高額の所得決定をうけたことを知り早速岡崎税務署長に対し昭和二十四年度、同二十五年度における原告会社に対する法人所得額決定の内容を調べ、これが異議の申立をなしたところ右二十四年度分にかかるもののみその申立を棄却するとの処分をうけ同二十五年度分については原告の異議を認めてこれが取消処分をなしたが右調査に際し同二十八年三月頃に至り始めて原告会社の同二十二年及び同二十三年度分についても法人所得額決定処分がなされていることを知り驚いてこれが再調査の請求に及んだのである。

(五)  而して昭和二十二年度の原告会社の所得金額合計は金八万五千三百六十五円に過ぎず、かつ同二十三年度は欠損を生じ所得は皆無であるので、冒頭掲記の裁判を求めるため本訴請求に及んだものである。

と述べ被告の主張事実を否認し、かりに原告会社の昭和二十二年度及び同二十三年度法人所得額決定書が被告主張の如く普通郵便を以て原告会社にあて発送されたとしても、現今我国税務署においては屡々納税義務者に対し一方的に数字をはめこんで驚く程過大な課税標準を決定し、しかもこれが通知をなすに際しては紛失、遺失、誤配の頻々として生ずる可能性の多い普通郵便を以てこれをなすは、国民の財産権を保障する日本国憲法第二十九条第一項の立法精神に鑑みても著しく不当違法の方法であると主張した。

証拠<省略>

被告指定代理人は主文同旨の裁判を求め、原告の第一の本訴請求原因に対する答弁として、原告主張にかかる(三)の事実及び(一)及び(二)のうち原告会杜が本件更正及び確定決定のありたることを昭和二十八年四月九日及び同年三月二日各知つたとの事実を除き爾余の事実並びに(四)のうち原告主張の如き滞納処分額について訴外山田政春の不動産を差押えたことのみ各認め、その余の原告主張事実を全部否認し、原告の訴外岡崎税務署長に対する昭和二十三年二月二十日付原告会社同二十二年度法人所糧額確定申告に対し同署長が同二十四年十一月十八日原告主張の如くこれが更正決定をなし、昭和二十三年度分については無申告のため同二十四年十一月十八日原告主張の如く法人税課税標準を決定し、それぞれ同日ともに同二十四年十一月三十日を納期限とする納入告知書を添付し各決定通知書を普通郵便を以て原告会杜あて発送したものであり、以後右郵便物が岡崎税務署に返送された事実もないのでこの頃原告会杜に配達されたものである。而して原告主張にかかる滞納額合計金百二万三千六百八十八円は原告会杜の本件昭和二十二年度及び同二十三年度の法人税額を包含するものであり、これが滞納のため昭和二十五年十一月三日より名古屋国税局係官をしてこれが徴収のため原告及び原告名古屋支店に赴かしめ納入を督促したが、原告はなお右税金を納付しないので昭和二十六年五月一日滞納処分のため訴外山田政春所有の不動産を差押え、その旨同年五月十二日原告に通知したところ、同年五月三十日原告は右滞納税金のうち金十万円を納付したので、右税務署長はこれを昭和二十二年度の税金に充当したものである。従つてこの事実からしても、原告会社はその主張の日時より以前において、既に昭和二十二年度、同二十三年度分の本件各法人税課税処分のあつたことを知つていたことは明らかであると主張し、原告の第二の本訴請求について、訴外岡崎税務署長のなした原店の再調査請求を却下したのは期間経過を理由とするものであり、これが審査の請求を棄却した被告の棄却処分も、これを正当としてなしたものであつて、未だ本件再調査の請求についてはこれが処分庁においても又裁決庁においても何等実質的審査を経ていないものであり、被告の却下決定が違法でない限り、本件請求は適法な訴願手続を経ていないことに帰着するので不適法な訴として却下せらるべく、かりに然らずとするも原告の本訴は課税標準の認定の違法の有無を訴訟物とし原告第一の本訴請求とその基礎を異にするものであり本件第二の本訴請求は当然出訴期間の制限をうくべきものであるから、既に三ヵ月以上経過したこと記録上明らかな本件第二の訴は不適法のものとして却下さるべきものであると述べた。

証拠<省略>

理由

訴外岡崎税務署長が昭和二十四年十月頃原告主張の如く原告会社にかかる昭和二十二年度分及び同二十三年度分各法人所得額について更正及び確定決定をなしたことは当事者間争ない事実である。そこで右各決定が原告会社に通知されたか否かについて判断するに、成立に争ない乙第四、同第五号証に証人三宅清の供述を綜合すると、右各決定は昭和二十四年十一月八日付原告会社肩書往所地あてに普通郵便を以て発送せられるとともにこれが納期限を同年十一月三十日とする納入告知書をも同時に発送した事実を認めることができる。而して更に成立に争ない乙第六号証の五に証人水野春樹、同都築鈴次郎の各証言を併せ考えると、土木建築請負を業とする原告会社は従来主たる営業所を本店所在地たる原告肩書住所地に有し営業していたところ、昭和二十三年頃に至り原告会社代表者山田政春は、自己の義弟たる訴外勝清蔵に事実上の経営を一任し、同人は名古屋市東区葵町にこれが営業所を設けたので、原告肩書住所地における従来の事務所は事実上閉鎖されるに至つたが、同所向側に右山田政春の自宅があつて、原告会社名宛の郵便物は爾今同自宅に配達されていたこと、昭和二十四、五年頃においては右山田政春が原告会社名宛の郵便物を受領することを拒否した事実がないこと、及び従来原告肩書住所地を所管する猿投郵便局においては、原告会社もしくは右山田政春より自己宛の郵硬物について遺失、誤配等のあつた旨苦情をうけたことが皆無であるごと等の事実を認めることができ、これらの事実と前記認定事実によれば、本件法人所得額決定通知書が昭和二十四年十一月十八日頃原告会社に配達され、該決定処分のあつた旨の通知をうけた事実を推認することができるその頃これが通知をうけたことがない旨の原告会杜代表者本人山田政春の供述は措信できないものであり、その他原告挙示の証拠を以てしても右認定事実を覆えし反対事実を認めさせるに足る適切な証拠は存在しない。原告は本件各決定通知書が普通郵便で発送された事実を捉え不当、違法の通知方法である旨強調するが普通郵便に依る通知方法は方法としては親切味に欠けるところがあるけれども法人税法において法人税額決定通知を始め、その他の通知催告等凡ててれを郵便法第五十七条に定める特殊取扱郵便によるべき旨、定めた明文の規定も存在しないし、これを本件の如く普通郵便を以てなしたからと謂つて別に違法の通知方法と称することもできず、かつ憲法第二十九条第一項に定める所謂財産権の保障の立法精神に反する不当違法のものと謂うこともできない。さて、原告会社が昭和二十二年度分法人所得額更正決定に対し、同二十八年四月十七日付、同二十三年度分につき同年四月二日付、訴外岡崎税務署長あてこれらを不服として、それぞれ再調査の請求をなしたとの当事者間争ない事実よりすれば、右再調査の請求はともに右各決定の原告会社に通知せられた前記認定にかかる昭和二十四年十一月十八日頃より優に三年以上を経過した後の請求にかかるものであること明らかであり、成立に争ない甲第九、同第十号証9各一、二によれば同署長は昭和二十八年六月二十四日付原告会社の各再調査の請求をともに、本件各決定は昭和二十四年十月になされており同年十一月十八日発付にかかるもので原告会社がこれらを同二十八年四月九日及び同年三月二日に知つたとの申立は認め難いことを理由として部下の処分をなしたこと、及び右各却下処分に対する原告会社の審査の請求に対し被告は同二十九年四月十六日付右と同一趣旨の理由に基き各棄却の裁決処分をなしたことを認めることができる。然しながら本来本件法人税額各決定に対しこれが不服申立をなすについては、本件各決定が原告会社昭和二十二年同二十三年度両事業年度にかかるものであり、かつこれらの通知が同二十四年十一月十八日発送せられその頃原告会杜に通知されたものであるから、原告会社の右不服申立当時施行中の法人税法(昭和二十五年法律第七十二号による改正法律)附則第八項により昭和二十二年度法律第二十八号法人税法第三十六条乃至第三十八条を準拠とすべく、該法条によれば原告会社は本件各決定通知をうけた日から一カ月以内に政府に審査の請求をなすべく右審査の請求の決定に対し更に不服あるときは訴願をなし又は裁判所に出訴すべきであるところ、成立に争ない甲第九、同第十号証の各一、二に弁論の全趣旨を綜合すると、原告会社のなした前記再調査並びに審査の請求はもとより、これらに対する原処分庁たる岡崎税務署長及び被告裁決庁のなした各処分は、ともに昭和二十五年法律第七十二号による改正法人税法に準拠してなされた事実を推認することができる。しかし右改正法律によつても再調査及び審査請求の各申立期間を順次一ヵ月と定めて裁判所に出訴することを許しているから実質的には右昭和二十二年法人税法第三十六条乃至三十八条を根本的に修正するものでなく趣旨は同一であると看ることができるので原告会社は本件各決定に対し終局的には審査の請求を被告裁決庁に対してなし、と右に右法定の不服申立期間徒過を理由に棄却の処分をうけたこと右認定事実のとおりであるから、実質的には、昭和二十五年改正法律施行前の法令に基き被告行政庁においてこれが裁決処分をうけたものと看ることができるところ、原告会社の本件各審査の請求は、本件各法人税額決定処分の通知をうけた前記認定にかかる昭和二十四年十一月八日項より、優に三年以上を経過した後の各請求にあたるものであること明らかであるから、被告が右各請求を不服申立期間を遵守しない不適法の請求として各棄却した本件各裁決処分はともに適法のものということができる。従つて原告が被告に対しこれらの処分の取消を求める原告の第一の本訴請求は理由がない。

そこで更に進んで訴外岡崎税務署長のなした原告会社にかかる昭和二十二年度分法人所得額更正決定及び同二十三年度分法人所得額決定の取消変更を求める第二の訴について看るに昭和二十二年法葎第二十八号法人税法第三十八条第二項において同法第二十九条乃至第三十一条の規定により政府のなした更正又は決定に欄する訴願又は訴訟は審査の決定を経た後でなければならないとなし、法が裁判所に出訴するに先だち先ず行政庁における審査の決定を経べきことを定めた所以は一つには行政庁のなす処分については先ず行政権の判断にこれを待ち、司法権の料断よりも行政権の実質的な判断をより尊重すると共に、更に司法権の判断を求める前に行政庁に再審の機会を与えることは、行政庁はもとよりこれが処分の相手方たる私人にとつても結局は利益に帰するとの考に基くものであることに鑑みると、行政庁に実質的な再審査をさせ、反省の機会を与えることのないような場合にまで、司法権の判断が及びうるものと考えることを許さないものというべく、これを本件について看れば、原告会社のなした本件各審査の請求はともに原告会社が訴外岡崎税署長のなした本件原処分の通知をうけた後三年以上を経過するものとして一ヵ月の法定期間徒過を理由にしてこれが各実質的審査に立入らないまま斥けられていること前段認定事実のとおりであるから、右税務署長及び被告行政庁による実質的審査を経る術を失つた以上本件各原処分の取消変更を求める原告の第二の訴は所謂訴願を経由しない不適法な訴として裁判所の判断の介入を許さないものと謂うべきである。

かようなわけで、原告の第一の本訴請求は理由のないものであるから失当として棄却することにし、原告の第二の訴は不適法の訴として却下することにし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西川力一 越川純吉 山田義光)

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